身内に怒ることをやめた。

   


怒ってもいい事なかった

自分の性格はある程度理解しているつもりだが、一つに、論理的に考えておかしい事については、とことんおかしい点を追及する性格で、あまりこの点を曲げる事は好きでなかった。

よって、日々の仕事ではむしろ、相手を言い負かしたいというわけではなく、より良い方向の落としどころを探りたいという方向の性格なので、良い面が多かった(討論ではなく、議論ということかなぁ)。

ただ、結婚生活(嫁や、親がメイン)でもこの通りだったことが非常に不味かった。何が不味いって、相手はビジネス抜きの世界。身内との会話においては、仕事の様に落としどころがすんなり見つかることがむしろ少なく、また、個々の性格の問題もあり、論理的にものを言う事は、場合によっては上げ足取りになる事も多く、泥沼化。

正しいのは仮に自分の意見だったとしても、うまくいかないことが多く、遺恨を残すこともあった。

また、当時は仕事が忙しかったこともあり、気が付けば家庭の雰囲気は決して良いとは言えず、むしろ最悪だったと言ってもよかったと思う。

身内への怒り方がおかしいと指摘をもらったのは大学時代

話を少し変えると、大学時代に友人から、

「お前の怒り方は、怒られる方にとっては逃げ場が無い」

と言われ、

「相手に8つの言い分があるとすれば、7つはお前が言葉でふさぐ、残り1つに相手が言及した時にも、その1つは結局のところ、お前が論破しやすい言い分」

「だから、時にそれは良い解決にはならない」

という話を受けたのだが、当時の私は。

「まー、そうは言うけど・・・・」

と深くその意を考えることも無かった。

ただ、今の今まで、のどに引っかかる小骨のように、言われた事だけは覚えていた。

誤解を恐れずに言えば、彼とは喧嘩もない関係だった。なのに、上記のとおり的を得る言動。すごい。話は変わるが、彼とは互いの結婚式でスピーチをしあった仲。

ふと、風呂の中でその時の話を思い出した

話を戻すが、夫婦間の関係が冷える中、何の拍子か忘れたが、ふとお風呂の中でその話を思い出すとともに、

「あぁ、妻は敵でもなければなんでもない、妻は妻なんだ」

と、文章にしてもイマイチしっくりこないが、私にとっては長年の憑き物が落ちる様な、またある面、目からウロコの様な文言が出てきた。

そこから、妻と言い合いになりそうな時や、私の感覚からすれば「それはおかしいのでは?」と思う事でも、怒る事や、以前の様な逃げ道を塞ぐような物言いは避け、まずは、

『話を聞く』

『同意できる部分を探す』

『解決策を一緒に考える』

『そして自分の考えを端的に言う』

という形に変えた。

もちろん、私は聖人君主でもなく、あまり温和な性格でもないので、一事が万事、上手にいくという事ではないが、以降、会話や相談をすることが増え、夫婦間も、まぁそこそこうまくいくようになって、現在に至っている。

 

「そんなの当り前でしょう!」という方も多いとは思うし、別に哲学的な事を書きたいわけでもなく、また、同じ境遇にいる方に説法をするわけでもないが、ある面、自分の精神が成長した(成長させてもらった)瞬間が、数か月前にふとあったので、備忘の意味も兼ねて書きたくなった次第である。


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