【ブックレビュー】封神演義(作:藤崎竜)が漫画の中で一番好きな件

   


子供のころ好きだったからという理由が一番大きいですが・・・

みなさんこんにちは。

みなさん、好きな漫画ってありますか?

先日、2つおススメの漫画を紹介しました。

おススメの漫画を2つ

で、今回紹介したいのは1996年ー2000年に少年ジャンプで連載されていた「藤崎竜」作の封神演義です。

未だに「良かった/悪かった」「最後があっさりしすぎて意味が分からない」など言われていたりしますが、私は今も昔も、封神演義が一番好きです。

当時好きだった理由としては絵柄が好きだった事もありますが、キャラの一人一人がかっこよかった!

なんで本日こんな記事を書いているかと言えば、本棚の整理をしているからですね。年を重ねる中で昔大量に買った漫画の中で本当に残しておくべき物は何なのか?を推敲する機会が訪れたから!

ただ、これは名作なので残す。これは不要。という判断をする作業がそんなにテキパキと進むわけはありません。その作品を世に生み出した作者の方への礼儀って観点でも、要・不要の判断するためにはもう一度その作品と向き合って(=読み直して)判断する事が必須ですね(`・ω・´)キリッ

テスト前にに部屋の掃除をして、漫画を読み漁る沼に入っているとも言える。要は、昔と成長していないとも言える。

 

その様な読み返しの機会を踏まえた上で改めて封神演義は最高だと。その昔、良いと思った感覚は30歳を過ぎても変わらなかった!と安心した次第であります。

せっかくなのでどれくらい好きだったかという黒歴史をご披露すれば、登場する宝貝(要は武器)や、登場人物(中国の小説がベースのため、登場人物の名前が特徴的「雷震子(らいしんし)」「鄧嬋玉(とうせんぎょく)」「楊戩(ようぜん)」など)で、古今東西 山手線ゲームなどを行い、竹馬の友との交友を深めたものです(笑)

 

ここからは、封神演義の好きなところをじっくり語っていきたいと思います。

セリフがいいんや!

理想を語るには、それに見合う力が必要だ(聞仲)

⇒太公望の理想を聞き、理想の実現のためには力が必要と太公望の宿敵、殷の太師聞仲が語るシーン。このシーンを読んだ当時、理想を語るのは自由だけどもそれを実現するためにはもちろん努力は必須だが、加えてそれに見合う力が必要なんだと漠然と理解しました。

この感覚はその後、年を重ねる毎に身に染みて理解するようになります。はい。。。何度苦渋を舐めたことか・・・臥薪嘗胆!

飛虎が死んだ時…気がついた…私が取り戻したかったのは殷ではなく…飛虎のいる「かつての殷」だったのだ…失った時が戻ると信じて…(聞仲)

おまえともっと早く会っていたなら…私ももっと違う道が見えていたのだろうな…さらばだ太公望!(聞仲)

⇒これはストーリーを踏まえて是非読んでほしいセリフ。仙人という立場で人間界にかかわり、殷という国を支える立場であった聞仲。その後、確実に時代の流れが殷→周に代わる中でも、殷という国に拘った聞仲という人間。

さまざまな思いから、これまで自分の素直な気持ちを押し殺し、殷を存続させる理由を語ってきたものの、最後の時に盟友の黄飛虎のいた「かつての殷」を取り戻す事が殷に拘る根本的な理由であった事を吐露する場面。そしてその人間らしい一面を最後に見せた後に、宿敵の太公望の手にかかることなく死んだ聞仲。泣いた。

聞仲!おぬしも殷も老いたのだ!いま人間界に必要なのは若き風であろう!おぬしは消えよ!(太公望)

⇒上の聞仲のセリフより場面的には前の太公望のセリフ。

このセリフが響いたのは、年を重ねる中で旧態依然とした文化、風習、慣例に対してこのセリフを叫びたい時が多々、それこそ多々あった事。そして反面、冒頭の「理想を語るには、それに見合う力が必要だ」という聞仲のセリフを事を思い出し、堪えて頑張るという事が増えたからかなぁと。

しかしながら、自分がこのセリフを次の世代に言われる事に対してはガクブル状態でもある(笑)

常に若き風でありたいですね。

わしは、遠い未来の事にまで責任を持てぬし、未来を救えると思えるほど傲慢にはなれぬよ(太公望)

⇒自分を戒める言葉として非常に好き。これは決して突き放したり無責任な感情で言っていないのがミソ。最大限努力をした上で最適と思える事を実行した上で、それに対する責任のあり方を理不尽に問われた際に言うセリフとして最適。「傲慢にはなれない!」ってところが痺れる。

 

そのほかにも、色々あるんですよね。哪吒(なたく)が馬元を封神させた際に「馬元・・・」と呟くシーンも好きですし、姫昌(きしょう)が自分で自分に課した役割を終え、全てを太公望に託した際に「困ったな…もう本当に何もすることがない」というシーンも、無念さはあるが次の時代を担う人物にバトンを繋げることができたシーンとしてこれ以上のセリフは無いってほど。

姫昌の死以降、武王が太公望と二人三脚で殷と戦っていきます。

似たシーンで言えば、三国志演技では劉備が死ぬ際に「全て公明を頼るように」という遺言を残しましたが、これは守られなかったですね。公明報われないよね。

好きなセリフはあげればキリが無いですね。

全23巻で終了。長く続かないところが良い!

完全版は18巻で終了ですが、通常版は23巻で終了です。何が言いたいかと言えれば、きちんと23巻でまとまっているという事。

ある面、封神演義は封神演技という元ネタがありますので終わりが見えている作品なのですが、ことWJにおいては、だらだらと長く続けている感が否めない作品が多くあります(これが理由で買うのを止めたものも多い。その様な作品は今回の様な仕訳により中古本屋に行く事になるケースがほとんどでした(泪)逆に、人気作でないと速攻で打ち切られたりしますよね。ZOMBIEPOWDER.とか続いて欲しかった。ただZOMBIEPOWDER.が続いてたとすると、ブリーチは生まれて無いかもですが)。

そんな中でも封神演義はテンポ良く話が進み、変な引き伸ばしも無く23巻できちんと終わる。何事も引き際が重要ですが、この位がちょうど良いのではないでしょうか?

もちろん、長く続く物語が悪いという訳ではありません。ただ、長く続けば続くほど物語の初期と後期を比べて歪み(能力当のパラメーターや、登場人物の立ち位置などetc…)が生まれてしまい、ウンザリする事が多くないですか?長く続く物語では、この部分がクリアできるものが名作になっていると思っています。

封神演技については、バトル物という事もあり最後にはラスボスが登場します。物語を通じて最大の敵は妲己(だっき)という仙女ですが、実はその背後にもう一人真のラスボスがいましたね。

このラスボスについて、いきなり出てきて意味が分からないという方も多いと思いますが、私は言いたい。「違うでしょう」と。

ストーリーの中でこの真のラスボスの存在が示唆されたのは、申公豹の語りが最初だと記憶しておりますが、確か2巻です。2巻ですよ!その後も不自然ではない形で、このラスボスの存在を伏線として示唆しつつ最後の最後で登場という所に王道を感じますし、この伏線を含め伏線の回収も封神演義は上手にまとめられています

長く続けりゃ良いってもんじゃない!って事ですね。

最後に

ここまで2,500文字超。画像等一切無い記事でした。この記事を開いていったいどの位の方がこの文章までお読みいただいているのかはわかりませんが、今回は自分の趣味嗜好前回の記事でした。

封神演技好きの方は「そうそう、それそれ!」と思っていただいたり、「いやいや分かってねぇな。真の魅力は○○だろ!」という事があると思います。逆にあまり好まない方からすれば「全然違う!」「何言ってんだコイツ!」という感想もあるでしょう。

ただ以前、何らかの記事にも書きましたが、それも多様性を認めて頂くって事で、ご勘弁下さい。

また、少しでも興味を持たれて「読んでみよう!」と思った方。ぜひお試しください。連載開始より20年が経過しておりますので、中古でも安く手に入ります(20年という歳月に唖然とします)。また、kindleでもいいですね!

いやいや新品!本は現物新品に限る!!という方。偶然ですね。本に限っては私もそっち派です(笑)。

いずれにせよ、お手に取って読んで頂ければ幸いです。

お盆休みにいかがでしょうか?本日は以上でーす。


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